つれづれ通信 第65号 「創業97年に想う」

2026年04月14日


本日より仕事始め。
2026年、新たな年を迎え、皆さんはどんな思いますか。
丸浜は今年で創業97年。
昭和4(1929)年、私の祖父である小林濱吉(はまきち)が創業いたしました。

私が覚えている祖父は、無口で、近寄りがたい存在でした。
子どもの頃、住んでいた家の隣が会社で、私はたまに祖父に呼ばれていました。
それは正直あまりうれしいことではなく、学校のことやら何やら聞かれていたと思いますが、話が早く終わらないか、そればかり祈っていました。

私が中学1年生のとき、祖父から万年筆をプレゼントされました。
モンブランの万年筆で、ペンの腹に金文字で「建設大臣賞受賞」と書かれていました。
私はそれがカッコ悪いと思って、その金文字をヤスリで削り落としました。
そして、そのペンも1年も経たないうちに無くしてしまいました。
まったく、ひどい孫です。
祖父は昭和57(1982)年8月14日、暑いお盆のさなかに亡くなりました。

その後丸浜に入社、改めていろいろな方から祖父の話を聞くようになりました。
濱吉は、いわゆる「土建屋」風情ではなく、計算が得意で物静かな人だったようです。
当時の業界は、良く言えば豪快ですが、しのぎを削る人たちが多くいるのも間違いなかったでしょう。
そんな中、発注者である役所の方々からは、特別な信頼を得ていたそうです。
やがて、山梨県建設業協会の初代甲府支部長に就任。
今も甲府支部へ行くと、歴代支部長の写真の最初の額を飾っています。

当初の会社である小林工業は、さまざまな事情があり途中で傾いてしまいましたが、その舗装部門だけを継続させ、今の丸浜舗道へとつなげていきました。
その際、一度離れた多くの社員が集まり、多くの方々から資金援助を受けたと聞いています。
現場が好きで、歳を取ってからも運転手付きの黒塗りのセドリックで現場に乗り付け、低いところを指図して合材を入れさせていたそうです。
祖父が創業した丸浜は、父・津久男が引き継いでいきましたが、これまた世間の評判は「実直でまじめ」。
誰もが口をそろえて、その思い出を語ってくれました。

丸浜の歴史を一言でいえば、「信頼」の歴史。
今日からまた一歩一歩、その信頼を積み重ねていきたいと、改めて思う新年の幕開けです。