つれづれ通信 第79号 「100年企業の理由」
2026年10月06日
社会保険労務士の先生方で構成される「100年企業研究会」。
同会に所属する、経営人財塾の同期である浅井さんから、丸浜舗道が間もなく100年を迎えることを知り、取材のご依頼をいただき、ありがたくお受けすることにしました。
同会によると、100年以上続く企業には、どんな過酷な時代でも潰れず、顧客や社員から愛され続ける「仕組み」と「哲学」があり、「なるほど」と唸るような組織デザインがあるのだそうです。
第1回目の取材では、これまでの歴史と現在の状況についてお話ししました。
そして第2回目は、「丸浜の昔を知る方に話を聞きたい」とのことで、私が子供の頃から会社を支え、定年まで勤め上げていただいた杉山順子さん、そして私の母に登場してもらいました。
母が埼玉から嫁いできた昭和35年。
当時、土木から建築まで手掛けていた前身の小林工業は、清里で国民宿舎の建設工事を行っていました。
祖父・濱吉社長の娘とともに、甲府から清里までトラックの荷台に乗って見学に行ったそうです。
多くの職人でにぎわう現場。
昼には大鍋でつくられた切り干し大根が振る舞われ、その味が今でも忘れられないと言います。
しかし、その数か月後、会社は倒産。
新聞に大きく報じられる出来事となりました。
杉山さんは、理念にも出てくるエピソードのご本人です。
豊富村までバイクで集金に行き、現金200万円を命がけで持ち帰ってくれた方です。
入社間もなく大病で入院された際の話です。
入院の2日前、濱吉社長が「顔色が悪いけど大丈夫か」と声をかけてくれたそうです。
ご本人も気づいていなかった体調の変化に、ただ一人気づいてくれたその姿を思い出し、涙を流されていました。
人を大切にするとはどういうことか。
その原点を、あらためて感じさせてもらいました。
100年企業研究会では、今後も数回にわたり取材を行い、丸浜がここまで続いてきた理由を探っていくとのことです。
私自身も、先達の想いにあらためて心を寄せながら、まずは目の前の節目である「100年」をしっかりと目指していきます。
社内掲載日:2026年4月13日


